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寄り道欧州サッカー紀行 ~「一つの時代の終焉」と言われたスペインの静かな夏~

アンドレス・イニエスタ フェルナンド・トーレス スペインが生んだ2人のレジェンドがJリーグデビューを飾った スーパースターのプレーに沸き返る”東の島国”から見て地球の反対側 スペインの夏は少し静かに過ぎている ヨーロッパの現地から、KING GEAR編集部がその情報をお届けします。

Icon kuni 國友貴文 | 2018/08/02
2018年7月1日 現地時間の20時頃だろうか

4000万人の情熱の国に住む人達の期待が、モスクワの地で儚くも散った。        


スペインの夏は、夜の10時を過ぎてもまだ明るい。  

モスクワとの時差1時間のスペインではまだ夕食さえも始まらない、太陽が輝く時間帯(注1)、  

その時間、この国の首都は、  

通常であれば街は人で賑わっているが、この日は人影もまばらなひっそりとしていた。  

みんな家かどこかのお店で”リラックスしながら”観戦をしていた。      


FIFA ワールドカップ・ロシア大会の決勝トーナメント1回戦  
スペイン対ロシア  

圧倒的に試合を支配した無敵艦隊は、  

まるで試合が始まる前からPK戦を狙っていたかのような堅守を打ち崩すことができず、  

開催国のチームの前に屈した。      


恐らく、私だけでなく、ほとんどのスペイン人が次のステージに進むことを楽観的に考えていただろう。  

その翌日、スペインの各紙はこぞって一面でこの敗退を取り上げた。  

Thumb efbc92 (7月2日のスペイン大手各紙の表紙 敗退の悲劇を伝えていた)    

 スポーツ紙・アスでは  

「一つの時代の終焉」  

 とも書かれていた。   

Thumb efbc93 (スペイン大手アス紙の一面 一つの時代の終焉というタイトルがつけられていた)     

ちょうど10年前。  

2008年 UEFA EURO大会  

スペインは、スイスとオーストリアの地で躍動していた。  

「クアトロ・フゴーネス(注2)」が形成する魅惑的なフットボールに加え、  

前線にはダビド・ビジャ、フェルナンド・トーレスが入る。  
決勝戦、中盤に入ったシャビからフェルナンド・トーレスへ渡った一本のパスが、  

ドイツの夢を砕き、無敵艦隊を44年ぶりにヨーロッパの頂点に立たせた。  

その後に続く、ワールドカップの優勝とEUROの連覇(注3)。  

そのチームにはいつも、  

アンドレス・イニエスタと、フェルナンド・トーレスがいた  

Thumb efbc94 (アンドレス・イニエスタ 日本に来る前年まで所属していたバルセロナにて)     

それからちょうど10年。  

モスクワのピッチに立っていたのは、  

最近では途中交代が増えてきたアンドレス・イニエスタだけであり、  

フェルナンド・トーレスはロシアに行くことさえできなかった。  

(クアトロ・フゴーネスも、もうチームにはダビド・シルバがいるのみであった。)   

  
Thumb efbc95(フェルナンド・トーレス 日本に来る前年まで所属していたアトレティコ・マドリードにて)      

 “祇園精舍の鐘の声“から始まる平家物語と同じだね、

と言うつもりはないが、  

良い状態、強者の時代が未来永劫続くことはない。  

それはフットボールの世界も同じなのだろう。      

ポゼッションを高めて相手の攻撃の芽を摘み取り、  

精度の高いショートパスで相手ゴールに迫る。  

一時代を築いたスペインのプレースタイルは、  

試合の約4分の1の時間しかボールを持たなかった開催国の前に儚くも敗れた    


一つの時代の終わりというのは、    

時代を築いた先駆者が道を譲ったことを意味するのか、    

世界を制したプレースタイルがもはや万能ではない時代に突入したことを意味するのか、    

様々な解釈があるだろう。      



そういえば、  

クラブレベルでヨーロッパ最高の称号を3年連続で獲得したレアル・マドリードも、  

スペインのクラブである。 

Thumb efbc96(チャンピオンズリーグ優勝パレードにおける一コマ。ロナウドはもうスペインにはいない。)   

しかし、レアル・マドリードも、  

世界最高のフットボールプレイヤーの一人であるクリスチアーノ・ロナウドが去り、  

プレイヤーとしても監督としてもレジェンドになったジダンが去った。  

これもまた、  

一つの時代の終わりを意味するのかもしれない。 

Thumb efbc97 (レアル・マドリードを3年連続欧州王者に導いたジダンも去った)     

ポゼッションを高めてゴールを奪うスペインのスタイルを打ち砕いた、  

ゴールまでの最短距離を目指す堅守からのカウンタースタイルも、  

3年連続で欧州を制し、  

近年のヨーロッパサッカー界に我が世の春のごとき君臨する「白い巨人」の栄光も、  

未来永劫続くことは無いのかもしれない。      



寝ても覚めてもフットボールの話をする人が多いスペインにおいて、  

「スペイン代表は今回全くいいところが無かった。」  

「ワールドカップ・・・そんな大会やってたな。」  

と、この夏は少しフットボールの話題が少ない。  

代表の予想外の敗退、リーガ・エスパニョーラ屈指の英雄のイタリアへの移籍、  

悲しい話題が少し多かったのかもしれない。      



しかし、  

スペインには素晴らしき若い選手が誕生している  

イスコ、
マルコ・アセンシオ 、
ダニ・セバージョス(以上、レアル・マドリード)、
サウール・ニゲス(アトレティコ・マドリード)、
ケパ・アリサバラガ(アスレティック・ビルバオ)、
カルロス・ソレール(バレンシア)  

一つの時代が終わるなら、  

次代を受け継ぐ選手が、また新しい時代を築くだろう。  

Thumb efbc98 (スペインの一時代を築いたイニエスタと、次代を担う一人であるイスコ 

FIFA
ワールドカップ・対モロッコ戦にて)
     


そして、一時代を築いた選手も、  

幸運なことに、極東の島国でその経験を繋いでくれる。  

そこからまた次の世代を担う新しい楽しみが生まれてくるに違いない。      



タクシーの運転手が、私が日本人であることを知るとこんなことを言ってきた。  

「日本は凄いな。ベルギーを追い込んでたぞ。俺はあの試合を見て日本が好きになった。
スペイン代表よりもずっとチャレンジをしていたな(笑)」と。
 

同様のことは、立ち寄ったバルで飲んでた人からも、  

他のタクシーの運転手からも言われる。  

「お前はどこの出身だい?中国か?韓国か?」  

日本だよと答えると、ほぼ間違いなく笑顔で  

「そうか、ハポンか。ハポネスはMuy bien(Very goodと同様の意味)だな。」  
と言われる。        



一つの時代が終わろうが、  

偉大なプレイヤーと監督が去ろうが、  

この国に住む人達のフットボールに対する情熱が消えるわけではない。  

新しい話題は必ず生まれ、  

またシーズンが始まれば、  

フットボールをつまみに酒を飲む。    


そして、また新しい時代が始まる。      



今は少しひっそりとしたバルも、  

もう少しでまたユニフォームを纏った人で週末は溢れかえるのだろう。  

この国の酒は、やはりフットボールと共に味わう方が、美味い。         


-------- 注1:スペインの食事
スペイン人の食事の時間は少し特異である。軽食を8時前後に取り、朝食は11時頃。一番のメインイベントの昼食を15時前後から食べ始め、夕食は22時頃から日付が
変わる時間帯まで続くのである。店もその時間に合わせて混むため、日本人の感覚で言うと少し違和感を覚える。 

注2:クアトロ・フゴーネス EURO2008に出場したスペイン代表のシャビ、アンドレス・イニエスタ、ダビド・シルバ、セスク・ファブレガスの四人のこと。「Cuatro Jugones(クアトロ・フゴーネス=四人の創造者たち)」と名付けられ、大会を通じて美しいサッカーを展開した 

注3:EUROの連覇 スペインはEURO2008大会に続き、ウクライナ・ポーランドで共催されたEURO2012でも優勝した。大会優秀選手はイニエスタ。得点王と等しいゴールデンブーツにはフェルナンド・トーレスが選出されている