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サムライ協奏曲 #3 16.06.07 キリンカップ 対ボスニア・ヘルツェゴビナ

【金子達仁寄稿】スパイクから見たキリンカップ。

Icon kaneko 金子 達仁 | 2016/06/08
わたしはプーマ好きである、という話は前回も書いた。
なので、プーマのスパイクがドアップになっている写真を原稿の中に組み込んでもらった。
あまりにさりげなく挿入されているので、ひょっとしたら誰も気づかなかったかもしれないが、
あの写真は、巨匠・清水和良カメラマンによるディエゴ・アルマンド・マラドーナ様の足裏をとらえた、極めて貴重な一枚である。目を凝らせば、プーマ・ラインのところにDIEGOとマジックで書かれているのがわかる。見逃していた方は、ぜひ「サムライ協奏曲♯2」をもう一度ご参照あれ。


さて、わたしはプーマ好きではあるが、同時に日本人でもあるため、日本代表における
アシックス使用選手の激減は寂しい限りだ、という話も前回書いた。  
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もう一つ、寂しい話がある。天然皮革を使ったスパイクの激減である。
 

ちょっと前まで、どんなメーカーであっても、モデルの最上位に位置するのは天然皮革、
特にカンガルーをアッパーに使用したモデルだった。
90年代ぐらいまでは、プーマのベルトマイスターやアシックスのXLのように、
仔牛の首部分の革(カーフ)を使った最上級モデルもあったが、カンガルーに比べるとやや重く耐久性の問題もあったことから、いつしか姿を消していった。

 
ともあれ、最高の天然皮革を使った最高級モデルは、メーカーの威信をかけた一足でもあった。 人件費の高騰により、廉価版のスパイクが東南アジアで生産されるようになってからも、
プーマのトップ・モデルには常に「made in W.GERMANY」のタイプが刻まれていた。
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最高級のスパイクは、最高の技術を持った職人によってしか、産み出せないものだったのだ。

ちなみに、プーマの日本国内限定モデルでもあるパラメヒコはもちろん日本国内で生産されているのだが、その工場がどこにあるのかは、プーマ社内でもごく一部の人間にしか知らされていない。知られれば、技術を、ノウハウを盗まれる可能性が生まれるからである。
実際、新たにスパイク業界に参入するメーカーの多くは、老舗から人材を引き抜くことからスタートしている。

プーマの懸念は、あながち妄想ではない。というより、そこまでして守りたいと思わせるものが
パラメヒコというスパイクにはあった。履く人間はもちろんのこと、売る人間、作る人間
までもがプライドをもって携わっていた。
そして、アディダスにも、アシックスにも、ミズノにも、必ず一つ、そういうモデルがあった。
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でも、ボスニアと戦ったこの日の日本代表に、パラメヒコのユーザーはいなかった。
コパ・ムンディアルのユーザーも、モレリアのユーザーもいなかった。
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清武はアディダスのエース16・1プライムニットという緑色の人工皮革でできたモデルを履き
長谷部はプーマのエヴォパワー1・3トリックスという左右色違いのモデルを履いていた。

彼らが使用しているのは、最新にして極めて高価なモデルでもある。

ただし、そこにコパ・ムンディアルやパラメヒコのような、作り手の息づかいのようなものが
感じられることはない。言ってしまえば、素晴らしくよくできた、ただの工業製品である。
履き続けることによって味が出てくる。──なんてことも一切ない。
サッカースパイクは、腕時計なのか、それともスキーブーツなのか。
水晶を発振させて動かすクォーツ時計の発明は、伝統あるスイスの機械式時計メーカーを崖っぷちまで追い込んだ。
しかし、滅びの寸前までいきながら、彼らは超高級時計ブランドとして生き残ることに成功した。

職人の力は、死ななかった。

一方で、フランスやスイスで伝統的な天然皮革を素材としたスキーブーツ作りをしていた
メーカーの多くは、プラスチックという新素材に流れ、多くの職人が廃業に追い込まれた。
勝ったのは、工業製品の安定した力だった。

ちょっと興味深いのは、ボスニア戦における日本代表選手には何人かカンガルー・アッパーのスパイクを
履いた選手がいたが、それはミズノとナイキだったということである。
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どちらも、プーマやアディダスに比べればサッカー界では新参者。
にも関わらず、老舗が見放しつつあるようすら思えるマテリアルのモデルを重視し
かつ代表選手に履かせているのは、時計やスキーブーツの例を考えると、いささか皮肉でもある。
天然皮革は生き延びるのか、滅びるのか。答えがわかるのは、たぶん、そんなに遠い未来ではない。

(文/金子達仁) (写真/清水知良)